川崎のアパートでの遺品整理|川崎の不用品・廃品・粗大ごみ回収処分【川崎よろずカンパニー】

川崎のアパートでの遺品整理

2010年06月14日

本当にご無沙汰しておりました・・・。久々の更新です。別に入院していたわけではありません(笑)。ただちょっと疲れております・・人間ですから・・。ご依頼殺到が続き・・5月終わりごろより少し楽になるかと思いきやご依頼は減らず、さらに雑務に追われてという日々。毎日は書きこめない気持ちお察しください・・(・)
こんなことでは、やおいかんぜよ!ということで今日はがんばって書き込みます!たまりにたまった画像を見ながら、どうせならレアーやつを一発書きます。お客様もくたくた!こちらもくたくた~(笑)というお話。
アパートの遺品1
ここは川崎の集合住宅。狭い路地に2トン車ギリでバックオーライで到着。段取りは、まわりにびっしり置かれた自転車をきれいに整列させていただき、スペースを作ってお客様を待つことに・・。こちら生保(生活保護)のご親族がご他界。行政でお片付けができるのですが、アパートの退去日まで間に合わずのヘルプです。お客様ご親族お友達で半分までは、お片付けになったのですが、疲れ果ててのヘルプ・・・だ~れも助けてくれないので最後の手段は便利屋に、本当によくあるケースです。
ご予算も限られており、まだ時間は数日あるということで,こちらも1人での片付けです。さて、画像ではわからないでしょうが、とにかく金属小物が多く非常に重たい・・そして、狭急な階段をおろしては上がりおろしては上がりの連続作業です。
アパートの遺品2
そして、最後に残したものは、伝説のインベーダーゲームです。Wikを見ますと「あまりの人気に、100円玉を袋いっぱいに詰めると10kgは下らない集金袋に詰めて毎日何十袋も銀行に納めに行くため、当時の社員のほとんどが腰痛に悩まされた。 このため日本全国から100円硬貨が不足気味となり、大蔵省・日本銀行・造幣局もこの時期に、通常の傾向とは無関係に100円を多く鋳造する事になった。 集金袋を回収するのにライトバンではとうてい間に合わず、4トントラックで回収を行っていた。しかしその4トントラックですら板バネサスペンションが100円玉の重みに耐えきれず、曲がってしまう事故が頻発していた。 トラックから機械や硬貨を上げ下げすることから腰痛を患う者が続出したため、三菱ふそうに相談してトラックの後部に電動リフトを特注で製作することとなった。実はこのリフトが今日一般的にトラックに見られるリフトの元祖で、日本(世界?)で最初に発明したのはタイトーである。また、タイトーは「今後の世の中への貢献」を理由にこれについての特許などを取得していない。」ということです。過去というものは良かれ悪しかれ、ある意味、懐かしい・・?みなさまは?
この会社に私の同級生が就職していて、当時大変な額の給料をもらっていたそうです。でもそれと比べようもないすごい人が、孫さんですね。彼は、このゲームのブームがさり、誰も見向きもしなくなったこのド重たいゲーム機が倉庫に山済みになっていたのに目をつけ、無料で貰い受け、それを大量にアメリカに持ち込んで、大もうけしたわけですから。そして後はソフトをリースして・・BIGな企業に・・やはり人並みはずれた先見の明と度胸があったのですね。そして私はいま、その一台を階段からおろすことに・・(笑)
アパートの遺品3
だいぶ、話がよこみちにそれてしまいました・・。さてこのインベーダーゲームガラスをあけてみますと中にはブラウン管が、どうりで重たいはずです。これは形こそちがえパソコンその物に見えます。昔30万以上したデスクトップのパソコン本体をあけたときの「何じゃこりゃ~!」という感じ(笑)。
感慨にふけるまもなく狭所階段をおろしお片付けは終了です。お部屋は無事にスケルトンに、これで無事にご返却できることと思います。久しぶりの書き込みでだらだらとなってしまいました。
これから、またペースを取り戻して仕事内容をご紹介していきたいと思います。どうぞよろしくお付き合いください。
明日は朝一で杉並に業務用エアコン約1トンの回収です。早く寝なければ・・。
アパートの遺品4